ディープインパクトの蹴手繰り

先だっての大相撲九州場所で、横綱・朝青龍関が小結・希勢の里関を蹴手繰りで破ったことに、横綱審議委員会が苦言を呈したとか。何でも、まともに受けて立たずに立ち合いから変化したことが横綱のやるべき事ではない、ということらしい。
大相撲に詳しくはないし、そのシーンを見ていたわけでもないのですが、三役相手に技を制限されたり、プロレス的な「相手の技を受けきる」ことを要求されるとは、横綱も大変だなと思いました。


そこへゆくと、JRAの横綱・ディープインパクトはどう走っても賛美されるんだなと思ったのがこのジャパンカップ
「自らペースを作る事もなくハナから後に下げ、超スローペースでもおかまいなしの最後方待機。4角でライバルのウィジャボードを馬群に封じ込め、直線では他馬と併せずにやや離れた大外を伸びる。ラスト800mの爆発力の差だけで格下馬相手に0秒3先着。」少々意地悪く書くとこんな感じ。もし競馬にも横審があったなら、きっと注文をつけられたのではないでしょうか。
もともと破格なレースぶりで破格な勝ち方をするのが魅力な馬ですから、そのようなケチをつけるのは面白くもないのですが、でも今回のレースはそれほど楽しめなかったです。
ディープインパクトが八分の力しか出せなくても、他の馬とは力の差があるんだな、ということが確認できたぐらいで、「飛んだ」「感動した」などといった文字をインターネット上で見るたびに、なんとなくこちらのテンションも下がってゆくのでした。
ディープインパクトにとってジャパンカップとはとにかく1着だけが必要なレースでした。凱旋門賞での敗退と薬物使用のルール違反での失格で、自身の栄光に身内から泥を塗られたという状況から再び這い上がるためには、どんな形でも勝利が必要だったのです。
検疫を含めた海外遠征明けの調整も簡単ではなかったでしょうし、失格や引退の話など周囲の騒音も大きかったと思います。
そこで勝てたのですから、武豊騎手や池江厩舎ともども天晴れなのですが、世上が「感動した」というのとは縁遠いところに自分はいるのです。それがとても奇妙な感覚。


競馬では、チャンピオンを決めるレースが先に設定されていて、そこへ向けていくつかの前哨戦があり王道ルートがだいたい整備されているため、プロレスでいうところのアングル(というかリンク先でいうところのナチュラルアングル)が発生しやすいものです。たとえば、夏場に連勝してきた馬が、夏は全休していた春のGI馬相手に毎日王冠で土をつけた、さて本番で前走がフロックでない事を証明できるか、のような。
ところが、ディープインパクトという馬は、その破格な能力ゆえ、他馬と絡んだアングルが殆ど発生していないのです。シックスセンスやアドマイヤジャパンの「肉薄具合」もディープインパクトの一代記にとってはたいしたインパクトを持たず、唯一といっていいハーツクライ相手に敗戦(05年有馬記念)の借りを返すストーリーも、ハーツクライのコンディション不良によってあまり意味をなさなくなってしまいました。(ハリケーンランシロッコがその役を果たすはずでしたが、それもなくなってしまいましたしね。)
一方で、彼が出走するレースが衆目を集めたのは、1頭だけ「ほかの馬」とは全く違うレースをして圧勝するからで、(これはあまり信じたくはないけれども)ここでいう「ほかの馬」がどのようなレヴェルであろうと世上ではあまり問題とされない。言ってみれば、このジャパンカップに、かつて連勝を止められたハーツクライや欧州年度代表馬のウィジャボードが出ていなくてもOKだし、自分以外がトーセンシャナオー級以下の馬だけでもOK。
ディープインパクトにとって常に重要な案件は、過去に自らが作った歴史に自らが上積みを作ってゆく事で、逆の視点から言うと「底を見せない」ことを求められ続けていたように思います。そういった「自分越え」のアングルはフランスへ旅立つまではうまくいっていたように思いますが、10月1日を境に風向きは変わってしまいました。
日本に戻り、引退までの2戦での課題は、「更なる上積み」ではなく「失地の回復」になってしまいました。もうジャパンカップ有馬記念では、僕が凱旋門賞に期待した以上のものは得られないんだろうな、と漠然と思っています。そして、ディープインパクトという競走馬は、あまり幸運にめぐまれたスターではなかったな、とも。
世上と僕との間にどれほどの温度差があるのか測りかねているのですが、ディープインパクトの一代記はピークを更新し続けているとは思えないです。凱旋門賞の時に、あれほど過剰に勝利を絶対視していた人たちがこのジャパンカップで感動できているとは思いにくいのですが。


 


他の馬についても少々言及を。
3強で上位独占とはゆかないだろうという戦前の読みは良かったです。
ドリームパスポートはタイトルには恵まれていないものの、おそらくは中長距離で世代トップであることを印象づける走りをしました。現状ディープインパクトとの差は大きいものの、お釣りのない王者相手に、有馬記念でハナ差でも逆転を期待したいです。
コスモバルクはもうちょっと走れてもよかったと思うのですが。スローペースなのに縦長の展開というのは願ってもないチャンスだったはずなのですが、少しバテるのが早すぎた印象。
フサイチパンドラの好走は予期していたので嬉しかったです(馬券に絡めばなお良かったですが)。エリザベス女王杯から中1週でしたが、前走以上に調子がよかったようでした。
ハーツクライノド鳴りというよりは海外遠征での消耗からついに立ち直りきれなかった、という印象。至極残念。
メイショウサムソンはいったん精神面含めリフレッシュした方がよさそう。まったく勝負できていない印象。
ウィジャボードは、勝った武豊騎手に巧くしてやられたところも大きかったですが、力が出なかったわけではないと思います。この馬に先着できたドリームパスポートの国際レーティングが楽しみだったりします。