血統表を下からながめる

血統の話の3回目です。


過去記事はこちらこちら


前回までで、遺伝を考えると、父系別の競走馬分類で能力や特性について判断することにはほとんど価値がないということを書いてきました。
まず重視すべきは、父馬であり、母馬であり、その組み合わせ(配合)であると。


今回は母馬や牝馬から見る話です。
父馬と母馬では、遺伝上の重要性が、どうやら等しくない、と言ったらどう思いますか。
その根拠を2つ挙げます。


まずは、前回の話でもふれた性染色体についての話です。
サラブレッドが持つ32対・64本の染色体のうち、1対・2本の性染色体によって、子供の性別が決定されます。
通常( X,Y )の組になれば牡、( X,X )の組になれば牝です。
64本の染色体の中で、Yの性染色体は一番短く、逆にXの性染色体は一番長い形状をしています。
このX染色体の余計に長い部分には、Y染色体上にはない遺伝情報が載っています。
サラブレッドの場合、その中の一つに、心臓の形態についての情報があるのです。
たとえば、ある種牡馬が「素晴らしく大きくて酸素を次々に全身の筋肉に届ける優秀な心臓」を持っていたとしても、その息子はY染色体の方を遺伝してしまっているため、残念ながらそのような心臓を受け継ぐことは(ほぼ)できません。(どうやらごくまれに例外があるようなので、「ほぼ」とします)
一方で母馬の場合は、息子に対しても、娘に対しても、X染色体を遺伝することができます。
ただ、母が持つ( X,X )の染色体のうち、大きな心臓についての遺伝情報が片方にしかない場合、平凡な心臓やあまり良くない心臓を遺伝してしまうX染色体を継がせる可能性が50%あるわけで、その点では、娘に対してなら(ほぼ)100%X染色体を継がせることのできる父馬に軍配が上がります。
もちろん、優性・劣性遺伝の要素もあるので一概にこうとは言えませんが、性別によって遺伝に差が出ることは興味深いです。
もし、母の持つ( X,X )の染色体の組が、どちらにも優秀な心臓を継がせる遺伝情報を持っていたなら、こと心臓に関していえば、父馬をランダムに選んでも、総じて能力の高い子供が生まれやすいわけです。



ハートラインの参考図


 


 


 


 


 


 


次に、細胞の中にある小器官、ミトコンドリアについて述べます。
ミトコンドリアは、細胞の中にあって、生物が呼吸によって獲得した酸素を使ってエネルギーを生産する器官ですが、これについての遺伝は他の器官とは異なり、32対・64本の染色体からではなく、ミトコンドリア独自のDNAによって行われます(人間も一緒です)。
牡・牝はそれぞれ精子・卵子の中にミトコンドリアDNAを持っているのですが、牡(精子)の場合、それは「オタマジャクシ」のしっぽの付け根のところにあって、卵子のところまで泳いでゆくエネルギー源になり、卵子までたどり着くと、しっぽごと切れて死んでしまいます。
つまり、子のミトコンドリアDNAは、必ず母由来のものになるのです。
呼吸代謝に優れた母の子供は、その優秀なミトコンドリアの資質を受け継ぎます。
数世代にわたって優秀な馬を次々と輩出している牝系には、ミトコンドリアに秘密があるのかもしれません。
ファミリーナンバーによる分類では、その古い世代の部分で信憑性に欠ける部分もありますが、「小岩井牝系」のような競馬後進国時代より日本にいる一族から、未だに重賞勝ち馬が出てくるわけはそういうことなのかもしれません。


この2つの要素は、競走能力の遺伝全体から見れば、ごくごく一部に過ぎないのかもしれません。
実際、僕も以前はそう思っていたのですが、最近では、これは無視できない要素だと考えています。
競走馬は、いわば究極のアスリートです。
呼吸によって取り込まれた酸素を全身の細胞に送り届ける心臓と、筋肉その他の器官の細胞内で酸素を使ってエネルギーを生産するミトコンドリアは、言ってみれば心肺機能のキモにあたる部分です。
心肺機能のアドバンテージは、競走能力に大きく影響するでしょうし、それが牝馬由来で遺伝するとなれば、血統表を見る時にもそちらを重視した方が良いでしょう。


子が牡馬の場合、―――非常に感覚的な言い方で根拠に欠けますが、父馬と母馬の遺伝上の重要度は、45対55ぐらいの違いがあるのではないかと感じています。
母馬が仔馬の能力を底上げすることもあれば、逆に父の高い能力や配合の好相性の足を強くひっぱることもある、と思っています。
「重要度」という言い方も曖昧模糊としていてナンですが、名繁殖牝馬からは、父馬の能力や配合の相性とは別に、優秀な産駒が生まれやすい素地がかなりあるのではないかと考えている次第です。


それからもう1件、これは遺伝からも離れた話になりますが、、、、仔馬は父馬とほとんど会わずに成長してゆくわけですが、母馬とは胎内で1年・誕生後に半年間一緒に過ごします。
そこでは会話や、授乳や、その他いろいろな活動から、「どう評価していいかわからないがたぶんとても大切なもの」を母から受け継ぐでしょう。
以前テレビで社台の関係者の方が「良い繁殖牝馬は子育てが上手い」と言っていたのを見たのですが、これにもとても大きな意味があるように思えてならないのです。
(試験管ベイビーとかクローンとかに対する優位性みたいなものが、ここにあるかもしれない、、、っていうのは余談ですが)


いまだ自分でも評価しきれていない部分も多いですが、血統表を見る際には、上から下(父系から母系へ)ではなく、下から上へながめていった方がいいのではないか、僕はそう考えます。


 


Xファクター (新・桜町血統研究所  リンク先の下方、☆血統理論 ・Xファクターを参照 pdfファイル)
ミトコンドリアミトコンドリアDNA (wikipedia)


 

追記 (3/25)


参考:
2006年元旦より、先週(3月19日)までに行われた、中央競馬平地重賞は32レース、勝ち馬は30頭。


このうち、兄弟姉妹、母、母の兄弟姉妹(おじおば)、おばの子供(いとこ)、祖母 (・・・つまり、祖母を祖としたファミリー)の中に、
(1)中央競馬のオープンレース・重賞勝ち馬がいる
(2)海外の重賞勝ち馬がいる
のどちらかの条件を満たす馬は、実に21頭(70%)。


残る9頭の内訳は、
※惜しくも条件を満たせず
アドマイヤキッス・・・母キッスパシオンは重賞2着馬、おじのキスミーテンダーは重賞2着2回。
フジサイレンス・・・おじに重賞で2着2回・3着3回のダイワダグラス
シルクフェイマス・・・おばが重賞2着のビワグッドラック


※祖母の兄が〜
バランスオブゲーム・・・祖母の兄がサッカーボーイ
ゴウゴウキリシマ・・・祖母の兄がマルゼンスキー


※さかのぼれば名牝系だが、近親はやや不振
ブルーショットガン・・・4代母イットー。曾祖母の姉・兄にハギノトップレディハギノカムイオー
マッキーマックス・・・3代母シヤダイクリアー。兄に佐賀・荒尾で19戦無敗のクリアーベース
タマモホットプレイ・・・3代母ロイヤルサッシュ。母の従兄がサッカーボーイ
メジロマイヤー・・・5代母ガーサント。11代母がフロリースカップになる。


ちなみにこの9頭が勝った重賞9つのうち、8つが1、2月のレース。3月に入ってからの10レースの勝ち馬のうち、9頭に含まれていたのはアドマイヤキッスのみ。